これまでの歩みと絵師としての原点
神奈川県で生まれ、幼い頃から狩野派の絵に魅了されていました。母が書道をしていた影響で、美術展に足を運ぶ機会も多く、浮世絵や仏画を真似して描くことが自然な遊びでした。京都の美術大学に進学し、日本画を学んだ後、京友禅の会社に就職。約15年間、職人として着物づくりに携わりました。呉服は人生の節目に寄り添うもの。その世界で「自分のキャンバスを着物にする」という意識の変化がありました。やがて、着物以外の媒体にも描く機会が増えたことで、依頼主の想いを形にする絵師としてのスタンスを固めてゆきました。
筆に込める思想と、絵師という仕事の価値
絵師という仕事は、単なる絵画制作とは異なります。かつて狩野派に代表される絵師たちは、屏風や襖絵、掛け軸、着物の柄など、生活空間に必要な絵柄を生み出していました。現代においても、絵師の役割は「生活に溶け込む美」を創り出すこと。依頼主の要望に応じて、洋服の柄、店舗の壁紙、料理屋の箸袋など、暮らしのあらゆる場面に彩りを添えるのです。
私の仕事の価値は、筆と墨が生み出す「偶然性」にあります。墨の滲みやかすれは、デジタルでは再現できない表情を持ちます。それは、筆を運ぶ速度、水分量、紙質など、無数の条件が重なって生まれる一瞬の美。日々の鍛錬によって培われた感覚が、線の強弱や余白の呼吸に宿り、作品に命を吹き込みます。
さらに、絵師の仕事は「自分の作品を売る」ことではなく、「人の生活に寄り添う絵を描く」ことにあります。画家が個展を開き、自らの作品を額装して販売するのに対し、絵師は依頼主のために描き、その絵は生活の一部となります。納期や予算といった現実的な条件の中で、最良の美を追求する――その姿勢は、職人でありながら芸術家でもある絵師ならではの矜持です。
そして、現代はAIやデジタル技術が絵を生成できる時代。しかし、筆で描くことにこだわる理由は、そこに「人間の手が生み出す不確定性」があるからです。水を引いた紙に墨を置き、濃淡が広がる瞬間を制御する。その偶然を美に変える力は、機械には真似できません。絵師の価値は、この「人間の感覚と技術」が生み出す唯一無二の表現にあるのだと思います。
深海に宿る知と夢、未来への挑戦
今回モチーフに選んだ鯨は、知識の海を象徴し、人間がまだ到達できない深遠な世界を示す存在です。その大きな生命が海から飛び出す姿には、夢に向かって挑戦する力を重ねました。また、エイは未来に羽ばたく学生の街という土地柄を意識し、軽やかに舞う姿を描きました。これらのモチーフを、日本画や屏風絵の構成法に基づきながら、現代的な感覚で再構築することで、伝統と革新の融合を目指しました。制作過程では、墨の濃淡や滲みを活かすため、何度も草稿を重ね、線を洗練させていきました。最終的にホーロー印刷で仕上げる際、墨の質感や偶然性をどこまで再現できるかが課題でしたが、技術との融合によって、墨のにじみまで再現できたことに驚きと喜びを感じています。
絵師としての私の役割は、生活に息づく柄を考案し、人々の生活に彩りを添えることにあります。町衆の一人としてその価値観を守りながら、次代を担う若者たちに一門を築き、産業へとつなげる未来を託したい――そんな想いを胸に、今日も筆を取り続けています。




